contemplation.

久しぶりのブログ!

最近定期購読者様に会いたいという思いが強くなっている。色々と話したい。こんなに会わなかったことはあるだろうか。悲しい。ラインで話せることは話せるが、やはり会って話すのとは訳が違う。暇な(?)女子大生同士会いましょう。明日定期購読者様達はリトリートらしい。心の底から楽しんで来て欲しい。多分友達も少なからずできるであろう。

大学生活も1ヶ月たち、色々な事があった。一つ思うことがある。人は皆、「今」に辿り着くまでに人生でたくさんのことがあったはずだ。「今」に至るまでどのようなことを経験してきたか知らないのに、勝手に直ぐ人を判断するのは良くないと思う。例えば、「肌荒れている人は魅力がない」とか言う人は本当に多い。しかし、もともとアレルギー性の肌の人もいるし、どんなに努力しても体質でそういう風になってしまう人もいる。今まですごくそのことについて悩んできた人もたくさんいるはず。

あと、「この人まじ根暗」とか「性格悪い」とか。やはり社会的には社交的な人が好まれている。しかし、虐められたり、親から抑圧的な教育を受けたり、否定されながら生きてきて自尊心がない人がたくさんいる。なにかトラウマなことを経験した人もいるはず。

現実的には第一印象は大切だ。しかし私は人を直ぐ判断しないように心がけている。なるべくその人のストーリーを知って、どんなことがあってここまで来たかを理解するようにしたい。

もう一つ思うのは、人を見下さない、自分を卑下しないということだ。人は優越感を感じることが本能的に好きな気がする。気づかないで色々なことや人に優劣をつけて判断している。私もそうだ。自分に自信を持つためにはやはり自分が相対的に優れているのだという考え方をしなければならなかった。これは親が私と兄を常に比較してきたからかもしれない。それか他人よりも一点でも多く取ることで自分の価値を高めるという学校教育の仕方のせいかもしれない。人の個性を尊重して純粋にすごいと思うのではなくて、この人は私より劣っているとかそう言う尺度で人を見てしまっていたような気がする。そしてこれは態度に無意識に表れてしまう。しかし、自分が相対的に「上」にいる間は優越感に浸ってられるが、そのまた上が現れると、劣等感が襲ってくる。自分を卑下し、否定し、虚無感に包まれる。

そりゃ、自分よりすごい人なんて地球上にたくさんいる。自分が何も優れてないと思ってしまう。しかし、他人なんて気にしないで自分の目標に向けて精一杯努力することがベストだと思う。私は、これまで他人と自分を比較ばかりしてきたが、今まで見てきた恵まれない人たちのために何かしたいという漠然とした目標を定めてそれだけを考えてこれから4年間頑張りたい。あの人はわたしより頭いいとか可愛いとか良い大学行ったとか立派な目標持ってるとか全部関係ない。その目標だけじゃなくても、私がどんなに酷くても、祖父母や定期購読者様は無条件に私のことを好きでいてくれると信じているから、他人より優れていなくても大丈夫だと思える。私はこのような人々のような心の拠り所があって幸せである。私も定期購読者様が何をしてもずーっと無条件に好きでいるので、あまり人と比べたりしないで定期購読者様らしく大学生活を送って欲しい。

 

ちっとあの先輩のことなどを話したいと思う。今日あの先輩に1週間ぶりくらいに会った。みんなで駄弁っていとき、すこし不自然に感じた。なぜかあまり喋らない。話しかけてもスルーとか淡白な返事しか来ない。

先輩、前同じサークルの現在2年の女子が好きだったらしい。が、その人に彼氏ができてしまいうやむやになってしまったらしい。しかし今でも先輩とその女子はかなり仲が良く、今日もその女子の家に行くらしい。(??????なんで家行くの、え????) 絶対、先輩はその女子のことをまだ好きである。もはやその女子のことを話している顔を見たらわかる。

ここは退散するしかないだろう。なんか印象が変わってしまった。会わない間に自分で勝手に妄想を膨らませすぎた感がありすぎて恥ずかしい。けどまだ私はその先輩はすごい良い人で魅力的だと思うので様子を見ることにする。

同じ学年に1人、良い人がいることはいる。彼は頭良くて面白い人である。真面目そうだけど割とウェイウェイしている時もある。将来のことをめっちゃ真剣に考えている。

まあとりあえず様子を見てまた報告することにする。

 

 

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