kurisumasu ibu

今日からグアム行くはずだったが、祖父がいつ死んでもいい状態なので前日にキャンセルした。私も祖父のあんな状態を見た後行く気がゼロになった。祖父は1日に一回の頻度で発作を起こす。いきなり目の前が暗くなり、眠るように気を失ってしまうらしい。そのあとは呼吸困難に陥り、ゼイゼイ息をする。発作が起こっている間は滝のように汗をかき、拭くのが間に合わない。酸素ボンベを口に常に当てる。

いつも明るく元気な祖父がこのような姿でいるのを見て、本当に辛かった。私は彼の死を受け止められないだろう。彼が私たちにしてくれたことは数え切れないし、本当に人間の鑑のような人である。しかし彼は覚悟ができているらしく、発作も苦しいが痛くはないらしく、痛まずに死ねると本人も喜んでいる。

彼は元発不明癌といい、元の癌の場所がわからない。今腫瘍は末梢神経と気管と食道にまとわりついており、手術も不可能である。末梢神経が圧迫され、脳から体の様々な部位への信号が遮断され機能不全に陥る。また気管が狭くなっており息がしづらい。食道のこともあるので食べれない。

病前の彼を知っている身としてはやりきれないところがたくさんある。彼は戦前に神戸で生まれた。生粋の関西人である。小学校からリーダーシップを発揮し、小中高と学生会長だった。家は貧しかった。それほど勉強してないが京都大学に合格し、入学。ずっと船乗りになりたかったが目が悪かったので船の製造業に携わる会社に入社。そして数十年後には社長になる。彼はただ頭が良いだけでなく、人柄も最高であった。教養があり、誰からも慕われていた。私は彼からたくさんのことを学んだ。彼は必ず何かあるごとに親族全員を集め、交流を深めさせた。家族の大切さを教えてくれた。私は当たり前のことだと思って育ったのだが、家族にそれほど気にかけてもらえなかった父は、自分の父より母の父のほうが本当のお父さんのようだったと話していた。健康にも気を遣っていた。私は将来おじいちゃんのような良い人に出会えるかなといつも思っていた。

本当に大切な人なので、亡くなるということが私は受け止められず現実だと理解ができていない。結構泣いたのだが、割と平気なのはそのせいだろう。彼がいなくなった後どうやって生きればいいのかよくわからない。